20世紀最後の3強

August 08, 2006

[後書]20世紀最後の3強

約1年前に書いた「20世紀最後の3強」の記事を見直してみました。

相変わらずに誤字脱字の多い文章ではありましたが、どれだけこの馬達が好きであったかだけが表に出た文章に成っていました。
今まで競馬をやってきて一番楽しかった時代を彩った名馬達への贔屓目を含んだ文章であり、同時期に走ったライバル達のファンの方々には、違うのではないかとの気持ちもあるかと思います。

ディープインパクトやハーツクライといった現役トップの馬の海外遠征に沸く2006年の競馬を見ていくに当たって、新しい時代のファンの方にも、過去の凱旋門賞で一番頑張った馬やその馬のライバル達の事を知って貰えたらと思いキーボードを叩きました。

長くなりましたが、20世紀最後の3強を読んでくれた全ての人への感謝の言葉として終えさせて頂きます。

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April 11, 2005

[終章]覇王の屈する姿

■覇王の屈する姿

翌年のグラスワンダーは明らかに変調をきたしていた。

調整不足で絞りきれなかった有馬記念でプラス12キロと成っていたのにもかかわらず、更にプラス18キロという理解不能な馬体重と成った。
ベスト体重+30キロで日経賞を向かえ、追いきりでもボロボロの状態で迎えてしまう。

案の定日経賞で6着と惨敗し、2000年の船出は黒星スタートと成ってしまった。

今度は1400mの京王杯SCに出走しマイナス18キロと、理解できない調整で9着に敗れてしまう。

凱旋門賞を目指しているとは思えない惨敗の傍らで、昨年倒したテイエムオペラオー天皇賞を制し、着実に評価を上げはじめていた。そして宝塚記念で再びテイエムオペラオーと戦うこととなる。

惨敗を続けたグラスワンダーの鞍上には、的場騎手の姿は無かった。
エルコンドルパサーのパートナーを務め、凱旋門賞2着の立役者と成った蛯名騎手が的場騎手に代わり、グラスワンダーの手綱と取る事と成った。いかに不可解な連敗であったとはいえ、騎手に責任転嫁をするのはあまりに理不尽な選択のようにも感じられた。

しかしながら、宝塚記念への出走してきたグラスワンダーの姿は、全盛期の体つきと輝きが蘇っていたかのように見えた。私の目にはそう見えた。

テイエムオペラオーが敗れ去る姿を私は思い浮かべた。

しかし、勝利の女神はグラスワンダーではなくテイエムオペラオーを愛したようだ。
グラスワンダー復活の舞台に水を注すかのように・・・・
雨が阪神競馬場のターフに降り注いできた。
史上初のグランプリレース4連覇の夢、ライバルエルコンドルパサーの影を追っての凱旋門賞挑戦、何もかもがその雨に流されていくようだった・・・

グラスワンダーは14戦して一度も雨を経験した事がなかった。
ターフに蹄を叩きつけるかのようなダイナミックな走法は、雨で滑る馬場で殺されてしまう。
それに対してテイエムオペラオーは雨の馬場を得意としていた。

宝塚記念のレースの中でグラスワンダーは全盛期の輝きを見せていた。その末脚に点火し、テイエムオペラオーに牙を剥かんとしたその時に、彼の脚元に異変が起こる。

まさかの左前脚骨折であった。

先頭グループに並びかけながら直線で伸びを欠くグラスワンダーはズルズルと後退していった。

実況でグラスワンダーに故障発生と言われる事は無く、近2走の不調時と同じように観られていた様だが、私は故障したとはっきりと解った。

オペラオーに並びかけたグラスワンダーには余力がたっぷりと残っていたのだが、ある瞬間から別の馬のように失速した。
骨折していなかった場合の結果は定かではないのだが
雨のハンデをものともしない実力を見せてくれていただろう・・・

宝塚記念全着順

20世紀最後の3強の最初に輝いた黄金の星は、最後まで現役を貫いたが志半ばにしてターフを去る。
凱旋門の舞台に上がることなく・・・

結局3頭が同じ舞台に上がることは無かったが、世紀末を彩った3頭の名馬、彼らはそれぞれの高みを目指した結果としてすれ違っていった。

夢見た決戦は実現されなかったが、それぞれが沢山のファンを持っていた名馬達だった。

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April 10, 2005

[十章]最強の二頭

■最強の二頭

1999年最後を飾るグランプリ有馬記念
その舞台にたった2頭、グラスワンダーとスペシャルウィーク

彼らが宝塚記念で国内最強の座を争った二頭であったが、秋の臨戦課程はどちらも最良の物とは言い難かった。

毎日王冠後、調子を落とし何とか有馬記念に使える状態に戻したといった感じのグラスワンダー、夏負けの状態から急激に持ち直し天皇賞、JCと苦しい戦いを連勝して来たスペシャルウィーク。

その舞台には翌年GIパーフェクトを飾るテイエムオペラオー
菊花賞馬ナリタトップロード等の有力馬が名を連ねてはいましたが、いかに臨戦課程が良くないとはいえ、主役の座はグラスワンダー/スペシャルウィークから揺らぐ事は無かった。

ファンの出した答えは1番人気はグラスワンダー、2番人気はスペシャルウィークであった。宝塚記念で叩き付けられた屈辱の3馬身差が鮮烈にファンの脳裏に焼き付いていたのではないだろうか。

余談だが、筆者は彼ら二頭の馬連複に10万円を投じた。それ程に彼らの実力が抜けていると信じた。
彼ら以外の馬が割って入る姿を見たくなかったというのが正直な気持ちであったのだと思う。

そのレースの内容は本当に極端な物となった。

マーク屋の異名を取った的場騎手は、宝塚記念同様にスペシャルウィークをマークする競馬を試みた。
逃げ馬によるハナの奪い合いというのは良く観るが、差し馬による最後方の奪い合いは、このレース以降見たことがない。どうあってもグラスワンダーより後ろに付けるという騎乗はスペシャルウィークの位置を14頭立ての14番手追走という形とさせた。

お互いがお互いを知り、相手だけを意識したレースであった。
後の世紀末覇王テイエムオペラオーも、9億円ホースナリタトップロードも、その時点では的場/武両騎手の眼中には無かったのであろう。相手に先着することが1着となる事を確信したかのような騎乗であった。

2人の名騎手が中山2500mの舞台で散らす事になる。

逃げ馬の不在のレースでありゴーイングスズカが逃げ、ナリタトップロードが2番手に付けるという、超スローペースで流れる先行有利流れであった。
しかしながらスペシャルウィークは最後方をグラスワンダーは11番手を追走する。

そして最終コーナーに差し掛かったとき二頭立てのレースが幕を開けた。

他馬を捲くり一気に先行集団に取り付くグラスワンダー、スペシャルウィークはそのグラスを追いかける。
さながら調教の併せ馬の様に併せて伸びて来た彼らは一気に先頭集団に取り付いた。

最終コーナーを大外で回った上、超スローの流れであった為に他の有力馬が軒並み余力がたっぷりと残っていた。

ナリタトップロードは難なく沈んだものの、内から伸びるテイエムオペラオー、同じく最強世代の優駿ツルマルツヨシ、明らかに内を伸びる二頭の方が脚色が良く見えた。

スペシャルとグラスは届かないか・・・と感じた直後のラスト100mで最強の2頭は再び伸びて来た。

「やはり最後は最強の二頭」

テレビでそのレースを観ていた私の耳に強く残った実況でした。

大外を捲くってきたことなど微塵も感じさせぬ末脚を発揮した2頭は並んだままゴールする。馬体はスペシャルの方が心持ち前にあったように見えた。
武豊騎手はカッツポーズして、的場騎手は肩を落とした。
ウイニングランを行ったスペシャルウィークであったが・・・・

長い長い写真判定の後・・・写真は勝負の結果を映し出す。

4cm




2500m走って僅か4センチの差が2頭の前に写し出されていた。

軍配は・・・再びグラスワンダーの勝利であった。

3着テイエムオペラオーとの差は頭差ながらスローを先行した馬と最後方から追い込んだ馬では内容の差は歴然であるように感じた。

20世紀最後の3強・・・彼らの決戦はこのレースをもって幕を閉じる事と成った。

1999有馬記念全着順

そのレースでスペシャルウィークは引退を決め、ターフには翌年の凱旋門賞を目指すと発表したグラスワンダーのみが残る事に成った。
翌年の凱旋門賞でエルコンドルパサーの2着を超える結果を夢見て、1999年は終わった。

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April 09, 2005

[九章]NIPPON総大将

■NIPPON総大将

グラスワンダー、スペシャルウィークは、ともに同じ日に秋所詮を迎える事となる。

東京競馬場の毎日王冠にグラスワンダー、京都競馬場の京都大賞典にスペシャルウィーク
それぞれが横綱の競馬を見せてくれると確信していたが、期待していたものとは全く違う現実が目の前に飛び込んできた。

グラスワンダーはメイショウオウドウに苦しめられ写真判定での1着

スペシャルにいたっては夏負けの影響が酷く、初めて掲示板を外す惨敗であった。

その後、グラスは軽度の異常を発祥し、目標としていたジャパンカップ回避が決まる。

そして天皇賞へ向かったスペシャルは追い切りで500万下の牝馬に併走遅れするという絶不調で出走して来た。
1番人気をセイウンスカイに奪われ、現役時で最低の4番人気の屈辱を味わう。

馬体重大幅減で天皇賞を迎えた武豊騎手のトーンは上がらず、調教後も「見ての通りです。スペシャルウィークの自力を信じるしかありません」といった明らかに不調を示すコメントであった。

そしてレースが始まり最後方で進めるスペシャルウィークは直線で。同じく後方待機したセイウンスカイと後方から併走して伸びて来るが、セイウンスカイを振り切り、激しく競り合うエアジハードステイゴールドを交わしきったところがゴールであった。

1.58.0のレコードタイムが掲示され、「サイレンススズカが最後の一押しをくれました。」と武豊騎手も神がかり的な復活劇を表現した。

そして天皇賞を制しジャパンカップに登録したスペシャルウィークであったが、セイウンスカイのゲート不良のための出走不可や天皇賞組のJC回避が重なり、スペシャルを除くと明らかに手薄なメンバーとなる。

日本馬の中で人気で2番目であったのが重賞未勝利でG1での連帯暦が無いラスカルスズカであった状況からも
以下に手薄なメンバーであったかが伺えるでしょう。

そしてジャパンカップにはタイガーヒルハイライズモンジューそれに香港最強馬インディジェナス等の面々・・・
日本馬は正直スペシャルウィーク1頭といった感じであった。

ジャパンカップは後方でスペシャルが待機し、モンジューをみる形で進むが、向こう上面から最終コーナー入り口手前でのロングスパートをスペシャルが仕掛ける。
スペシャルはぐんぐんと位置を押し上げ直線に入った辺りでハイライズ、タイガーヒル、モンジュー、インディジェナスを交わし先頭に立つ。そこからも脚色は衰えず世界の強豪を相手に完勝をみせる。

モンジューは4着に破れ初めて連帯を外すことになる、翌年にもモンジューが活躍を続けた事からもモンジューが日本の固い馬場への適正は高くなかったというところだろうか・・・
勝ち馬のスペシャルウィークを除いては上位の殆どを海外馬が占め、日本総大将の貫禄を見せた形となった。

スペシャルに残された課題は秋3連覇、そして宝塚で敗れたグラスワンダーへのリベンジのみとなった。

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April 08, 2005

[八章]最も輝いた白銀

■最も輝いた白銀

グラスワンダーに敗れたスペシャルウィークが凱旋門賞遠征を断念し、日本馬の凱旋門賞出走馬はエルコンドルパサーのみとなる事が決まった。
凱旋門賞への過程でエルコンドルは現役時代としては最も調子を落とし、出走そのものを危ぶまれる事態となった。

それでもステップレースであるフォア賞で最強牝馬であるボルジアを僅差で凌ぎきり、凱旋門賞へと駒を進める。
3歳で国内を制し、世界へ羽ばたいた翼の最後の決戦の舞台はそれまで経験したどんなレースよりも過酷で、辛く苦しい戦いとなる。前日より降り続いた雨が、深いロンシャンの芝をより深く重く変えて、エルコンドルパサーの前に立ちはだかっていた。

その舞台に集うライバルは世界一を決めるのにふさわしいメンバーが名を連ねていた。

現役最強牝馬ボルジア、後にJCでテイエムオペラオーと熾烈な争いを繰り広げるファンタスティックライト、ドイツ最強馬タイガーヒルなど強力なメンバーではあったが彼らですらも脇役の一頭でしかなかった。

その頂点にいた3強は、現役最強4歳馬モンジュー連帯を外したことは一度も無く重馬場にはめっぽう強い最強の3歳馬である。
そしてもう一頭、愛チャンピオンSを9馬身差で勝利したデイラミ
最後の1頭は日本のエルコンドルパサーであった。

人気は2番人気、世界最強を決める凱旋門賞、ヨーロッパ以外の馬が勝ったことは1度も無い。
数々の名馬が挑戦してきたが日本馬で1桁着順に成った例は無い。
その壁に阻まれてきた舞台でエルコンドルが歴史の扉をこじ開ける。

超不良馬場で再内枠を引いてしまったエルコンドルは好スタートで好位につける筈だったが、海外の優駿、名騎手は2番人気であるエルコンドルを見る形でレースを運ぶ。
日本のレースであれば馬鹿の一つ覚えのように逃げてくれる馬がいるのだが、13頭を引き連れて決して得意ではない逃げを苦しい舞台で強いられることになる。

初めての逃げなのにも関わらず後続を1-2馬身の位置できっちりと折り合いをつけるエルコンドル。先頭を走ってはいたが末脚への余力を残す形で最後の直線走路まで世界の強豪を押さえつける。
そして、彼がその末脚に点火した時、後続をぐんぐんと離し世界一のタイトルは目前だった。

そう・・・1頭の怪物の鬼脚が炸裂するまでは・・・

エルコンドルに引き離される馬群の中から1頭抜けてくる最強の3歳馬モンジュー、荒れた馬場を得意とするその
末脚は1頭次元の違うスピードでエルコンドルを捕らえ1/2馬身交わした所がゴールであった。

エルコンドルが59.5キロ、モンジューが56キロの斤量であったことや、重馬場を考慮すれば力負けではない
事は誰の目にも明らかであった。敗れたエルコンドルにも暖かい拍手が与えられる。
3着につけた差は6馬身、4着以下には10馬身以上の差をつけてのゴールとなった。

1999年凱旋門賞全着順

エルコンドルは次なる戦いの舞台を求めず、そのままターフを去る。現役最強馬の全盛期での凱旋門挑戦と、その結果として齎した銀メダルは、今でも色褪せることなく輝いている。

ターフを去ることを決めたエルコンドルパサー・・
10戦以上のキャリアを残した馬としては平成以降唯一の連帯率100%での引退であった。

そんな中、残された国内の2頭に迫る刺客の影は確実に忍び寄っていた。
凱旋門賞馬モンジューがジャパンカップへ登録して来たのである。

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April 07, 2005

[七章]立ちはだかる者

■立ちはだかる者

エルコンドルパサーはジャパンカップを制した後、舞台をフランスへと移し欧州に腰をすえた形での遠征を行う。
1999年の初戦に選んだのはイスパーン賞(GI)ここで全く通用しないようならば可能性は萎んでしまう。3歳で初めてジャパンカップを制し、世界で2番目に強い3歳馬との評価を受けたエルコンドルパサーの実力は遠征先でも高い評価を受け1番人気に支持される。

結果としては、ロンシャンの長い直線で抜け出したエルコンドルパサーではあったが、ゴール直前でクロコルージュ(99年凱旋門賞3着)の末脚に屈し2着に敗れる。
日本でサイレンススズカにしか敗れたことの無い現役最強馬も世界レベルの洗礼を受ける事になったが、休み明け初戦であったことと、欧州の馬場への適正試験と考えれば悲観する内容では無かった。

海外2戦目に選んだのはサンクルー大賞、フランスでは日本でいう宝塚記念に相当する大レースである。
そこには一層強化されたライバルが待ち受けていた。
昨年の凱旋門賞馬サガミックス、2冠馬ドリームウェル、ドイツ年度代表馬タイガーヒルと強力なメンバーが名を連ねた。
このレースでエルコンドルはジャパンカップのような横綱相撲を見せる。
終始好位置に付けて競馬をし、直線ではライバル達を置き去りにし、2馬身以上の差をつける完全勝利で海外GIを制した。

一方その頃、国内で復帰初戦の1400m戦、京王杯SCを見事勝利したグラスワンダーであったが安田記念では、同世代のマイル王エアジハードとの激しい叩きあいに破れ、有馬記念勝利馬として安田記念を制するという偉業は阻まれることとなる。

エアジハード全成績

天皇賞を制したスペシャルウィークは国内最強の座を賭け宝塚記念へと駒を進める。そしてその先には凱旋門賞を見据えていた。

安田記念をハナ差敗れたグラスワンダーはスペシャルウィークと同じく宝塚記念へ駒を進め、今まで対戦することの無かった2頭の名馬が始めて相まみえる事と成った。

その2頭が出走した宝塚記念は2頭が圧倒的な人気を分け合い、レース自体が2頭立てであるかのようなレースが展開される。的場騎手は執拗にスペシャルウィークの後ろにつけ、武騎手は振り返ってグラスワンダーを探す。
そのレース振りは、他の馬が走っていないかのように完全な一騎打ちであった。
最終コーナーの入り口よりも前から武騎手はグラスを振りほどくかのようにスパートをかける。
そのスパートに他の有力馬は完全に置き去りにされるたのだが、グラスワンダーだけは違った。
スペシャルのスパートに引き離される事なく追走し、直線半ばにしてそのエンジンに点火した時にはスペシャルに差し返す余力は残っていなかった。
決定的とも取れる3馬身差をつけての決着であった。

3着ステイゴールドは2着スペシャルより7馬身差をつけられており2頭の実力がどれだけ抜けていたかは着差が
物語っていたのではないだろうか。

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April 06, 2005

[六章]復活の鼓動

■復活の鼓動
エルコンドルパサーに史上初めて4歳でのジャパンカップ
制覇を決められ、大きく水をあけられたグラスワンダーは
デビュー以来のハード調教を加えられ有馬記念に出走する。

本来ならアルゼンチン共和国杯で馬群に消えた馬が注目
される事などありえない話であるが、3歳チャンピオン時の
強烈なイメージが彼を4番人気に押し上げる。

ライバルには世界レコードで菊花賞を制したセイウンスカイ、
そして98春の天皇賞馬メジロブライト、97秋の天皇賞馬
エアグルーヴ、98秋の天皇賞馬オフサイドトラップといった
強豪が名を連ねた。

1番人気であるセイウンスカイが引っ張るペースの中で、グラスは
中断を追走し最終コーナーで得意のまくりを仕掛ける。
中断から一気に進出し先頭集団に取り付くその走法は紛れも無く
2歳時の栗毛の怪物のものであった。

1番人気のセイウンスカイに襲い掛かり、ひと捲くりでセイウンスカイ
を早々と沈めと、後方からのメジロブライト、ステイゴールド、エアグ
ルーヴの強襲を凌ぎきり3歳の頂点に立った。
グラスワンダーは2歳チャンプと成った1年を経過した有馬記念で
見事復活し、98年のグランプリホースとなる。

2頭が2つ目のGI勝利を飾る中で、スペシャルウィークは秋のGIを
勝利する事が出来ず年を越した。
そんな中で北海道から不幸なニュースが届く、彼の生まれた牧場で
火災が発生し沢山の繁殖馬が命を失う。

そんな不幸なニュースに、彼自身が奮い立つかのように、スペシャ
ルウィークは冬場を休養に当てずに、レースに出走して行った。
一度は世代の頂点に立った実力を、古馬相手に鼓舞するかの様に

不調説が囁かれペリエ騎手に、この馬がダービー馬なのかとまで
言われたAJCCではあったが、ふたを開けるとサイレンとハンター
以下を完封し、上々の年明け初戦を飾ったスペシャルは続く阪神大賞典でも天皇賞馬メジロブライトを封じ込める。
そのレース内容たるや、2頭立てのレースを見るような感じであった。

日経賞を圧勝したセイウンスカイと再び天皇賞・春で顔を合わせるが、スペシャルウィークは武豊騎手を背に、前方のセイウンスカイ、
後方のメジロブライトの両方を警戒しなくてはならない厳しい競馬
となるが歴代の天皇賞で2番目の時計で快勝する。

見事菊の雪辱を果たし天皇賞馬と成ったスペシャルウィークは
宝塚記念の結果如何では凱旋門賞への挑戦を行うことを宣言する。

栗毛の怪物グラスを押さえ国内現役最強を証明出来た時にロンシャンへの扉は開かれる。

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April 05, 2005

[五章]翼は天を駆ける

■翼は天を駆ける

日本ダービーを5馬身差で制したスペシャルウィークは秋の復帰
初戦をキングヘイローを僅差で退けて勝利を飾る。
キングヘイローが叩き二走目でありスペシャルが秋初戦であった
と言うことを考えれば苦戦しながらの勝利も仕方がなかった。

ただ、ライバルである皐月賞馬セイウンスカイのステップレースの
内容が非常に不気味であった。

セイウンスカイは秋初戦、同じ世代同士のレースを選択せず京都
大賞典
をステップに選ぶ。そこにはその年の天皇賞馬
メジロブライト、昨年の有馬記念馬シルクジャスティス、天皇賞
宝塚記念ともに2着のステイゴールドといった古馬の強豪が
名を連ねていたのだが・・・

その強豪を相手に3歳馬であるセイウンスカイは堂々と
逃げ切り勝ちを飾る。

ダービーでセイウンスカイにつけたつけた5馬身差が評価され
菊花賞でもスペシャルウィークは堂々の1番人気に支持される。

その菊花賞の蓋を開けてみると、レース中盤から主導権を握り
快調に逃げたセイウンスカイが、後方で繰り広げられる2着争い
など何処吹く風で世界レコードを叩きつけ、スペシャルウィークは
セイウンスカイの2着に甘んじる事となった。

スペシャルがセイウンスカイに敗れた前日、3歳王者グラスワンダー
はGIIアルゼンチン共和国杯で見せ場はあったものの連敗を
喫していた。
黄金色の馬体は以前と変わらず美しく輝いていたが名馬のオーラが
どこか色あせた感じがして、寂しさすら感じられた。

スペシャルウィークが次のレースに選んだのはジャパンカップ
その鞍上に武豊の姿は無かった。

サイレンススズカの予後不良の翌週の新馬戦アドマイヤベガ
に騎乗し大きく斜行し騎乗停止の処分がかせられていた。

岡部騎手を背にしたスペシャルウィーク、横山騎手を背にしたエア
グルーヴ、武騎手のお手馬が別の騎手を背に人気を背負った。

そのジャパンカップにエルコンドルパサーの姿があった。

エルコンドル自身の経験のある最長距離は1800mであった為
2400mのダービーで圧勝したスペシャル、そして昨年の
ジャパンカップ2着馬エアグルーヴに人気を譲りエルコンドルが
3番人気でレースが展開される。

今までと異なり先行策をとるエルコンドルパサーは蛯名騎手と
折り合い好位で競馬を進める。
スペシャル、エアグルーヴともに自らのペースでレースを運ぶが
直線に向いて羽ばたくエルコンドルパサーは後続を突き放し
ダービー馬、天皇賞馬を封じ込める。2馬身半の完勝で世代の
頂点に立つ事となる。

当時のエルコンドルパサーにはダービー出走資格も天皇賞への
出走資格も無かった。ダービー馬をダービーの舞台で同世代の
HNKマイルの覇者が倒したことにより、クラシックを外国産馬へ
開放するという流れが一気に加速し現行のルールへの礎と
なったことは記憶に新しい。

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April 04, 2005

[四章]究極の選択

■究極の選択

互いに交わることの無かった春を経て、遂に戦い秋を迎える事
に成った3強に最初の問題が勃発する。

故障から回復し、ターフに復帰した2歳王者グラスワンダー

エルコンドルパサー、グラスワンダーの2頭の手綱をとった的場
騎手に選択の時が訪れる。

2頭が秋初戦に選んだレースはともに毎日王冠、鞍上の的場
騎手は無敗の2頭から1頭を選択することを迫られる。

そして出された決断はグラスワンダーであった。

エルコンドルパサーの新たなパートナーには蛯名騎手が指名
されることとなる。

本来ならば2頭の対決となる毎日王冠であるが、その1番人気は
無敗の2頭のいずれでもなかった。
彼らはデビュー以来1度も奪われたことの無い1番人気を奪われる。

春のグランプリホースで現役最強馬サイレンススズカが2頭の前に
立ちはだかったのだった。世代を超えた3頭による伝説のGIIの幕は
切って落とされる。

サイレンススズカ全成績

ゲートオープンとともにいつものように先頭に立つサイレンススズカ
快調に逃げるが、いつものような大逃げではなく後続を1馬身程
離しての逃げ戦法。しかし、実はサイレンスのペースはいつもと
変わらないものであった。

それぞれが勝利を見据えて戦った結果が、古馬に成った
サイレンススズカが初めて大逃げと成らないようなレース
展開を作り出した。

的場騎手を背にしたグラスワンダーが仕掛け、サイレンス
スズカに並びかけた。

並びかけられた逃げ馬は脆いというのは競馬の定説である。
しかしながら破壊的なスピードの持ち主であるサイレンス
スズカに鈴をつけに行った馬はいなかった。

マーク屋の異名を取る的場騎手がサイレンスに馬体を併せ
競り潰そうとしたのだが・・・
いかに無敗の2歳チャンプと言えど病み上がりで喧嘩を売る
には相手が悪過ぎた。一気に余力を失いズルズルと後退する
グラスを尻目にサイレンスはぐんぐん差を広げる。
満を持して末脚を繰り出すエルコンドルパサーが強烈な末脚で
差をつめるが・・・サイレンスとの差は大きかった。

2馬身1/2という完敗といえる差をつけられ、エルコンドルは破れ、
グラスは馬群に消えた。

2頭ともそれほど酷い内容ではなく、勝ったサイレンスがあまりに
強すぎたということだと思う。
左回りの1800mでサイレンススズカに喧嘩を売って勝てる
馬が日本競馬の歴史上でどれだけいるのか・・・

この馬だったらサイレンスに左回り1800mで勝てるという
馬を私には挙げることができない。左回りの1800-2000m
という条件ならばサイレンススズカはそれほどに強かった。

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April 03, 2005

[三章]誰がための道

■誰がための道

黄金色の怪物グラスワンダーの名が轟き、脚光を浴びている頃、
エルコンドルパサーと名づけられた額に火の玉の如き流星をもつ
1頭の競走馬はデビューする。

エルコンドルパサー国内全成績

1番人気でこそあったが、単勝2.5倍という人気は高い期待を示す
ものとは言えなかった。
そのデビュー戦の内容は、歴史的名馬の誕生を予感させる内容で
あったと思う。少なくとも私の目にはそうみえた。

ゲートオープンで激しく出遅れたエルコンドルパサーは大きく離れ
最後方を追走する。
レース中の実況では直線走路までほぼ名前を呼ばれることも無
かった。実況を責めるわけではなく、あれほど後ろのエルコンドルが
勝利するとは思えなかった。

直線で激しい叩き合いが行われる中で、エルコンドルパサーが繰り
出した最初の末脚は、見る者を驚愕させる。
エルコンドルパサーは馬場のど真ん中をぐんぐんと追い上げ、上位
争いを繰り広げる馬達を全く相手にせずに、後続を1.1秒引き離し
圧勝する。相手も決して弱くはなく2着は、後の京成杯の覇者となる
マンダリンスターであった。

2戦目も多少の出遅れこそあったが、力の違いを見せつけ1.5秒差
の完勝で共同通信杯で芝への挑戦を行う予定と成った。

しかしながら前日からの降雪でダート変更を余儀なくされる。
無論ダートに不安の無いエルコンドルはそこでも完勝するが、芝の
テストは先送りとなってしまう。

一方その頃、春のGIに向けて調整中の怪物グラスワンダーに
故障が発生したことが報じられる。

同じ鞍上である的場騎手を主戦とするエルコンドルパサーは初めて
芝への挑戦としてニュージーランドトロフィーを選択する。

そこでの相手はNHKマイルカップを目指す有力馬達である。
当然の事ながら今まで倒した相手とは格が違う。相手筆頭は
朝日杯3歳S2着馬マイネルラヴ
初めての芝に戸惑ったのか・・エルコンドルは出遅れ後方からのレ
ースとなるしかし芝でも変わらないどころか更に際立つ末脚で直線
一気のごぼう抜きを演じ、快勝を飾る。
最有力候補としてNHKマイルCに駒を進める事に成る。

最有力候補としてHNKマイルCの舞台に立ったエルコンドル
パサーは堂々の1番人気に支持される。
そこには、何と無敗馬が4頭も出走していた。クリスタルCを
圧勝したトキオパーフェクト、ラジオたんぱ賞でキングヘイローを
破ったロードアックス、2戦2勝のシンコウエドワード

相手強化、初G1そんなものはエルコンドルの前では何の障害に
も成らなかった。
直線手前で膨れながら府中の直線入り口で先頭に立ったエル
コンドルパサーはそのまま後続を押さえ込み1分33秒7の時計で
快勝する。私の見る限りはではかなりの早仕掛けのようにも見え、
並みの馬であればバテて馬群に消えてもおかしくなかった。

グラスワンダーが歩むはずだった無敗の4歳マイル王への道は
皮肉にも同じ騎手を背にしたエルコンドルパサーの手によって
達成されることとなった。

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